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無能な人なんて居ない。天才な人なんて居ない

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完璧な人なんて絶対に居ない

近頃じゃ夕食の話題でさえ仕事に汚されているハーマイお兄です。

 

様々な人と接する中で、天才な人に出くわしてしまうと、いつもぼんやり頭の中にはあって、これか!というものが浮かばなかった何かがありました。

 

最近、それがやっとぼんやりながらに解明してきたのでなんとなく書き込んでみます。

  

まず、私の大学は偏差値があまり高くないのですが、運よく大手企業に就職することが出来ました。

学歴の高い方の揃う現在の就職先では、皆仕事が出来るやり手な方が多いです。

 

今回はそういったやり手の方々の中から証明できる人はいないか考えてみました。

 

ケース1:上司

 

課長である上司は30代で既に大規模プロジェクトのプロジェクトマネージャーに抜擢されており、現在も多数ご活躍なさっている弊社のキーマンです。

 

上司は、弊社の中でもずば抜けて完璧主義者です。

 

例として挙げると、システムエンジニアの仕事ですが、設定項目の少ないの小さなチェックに対してもチェックリストを作成し、デュアルチェックとしてチェッカー(人)を用意、一つ一つの項目に対して読む、指でなぞる、問題が無いか、行った記録を採って過去の知見と経験に基づいて評価をするといった完璧ぶりです。

 

私がタスクに追われて残業爆発、泊まり込みで仕事をした際は、具体的な時間のかかるタスクの列挙とそれに関われる人材のアサインによって解決しています。

加えて自身の管理するプロジェクトをマネージャーとして3つほど兼任し、それらを全てスムーズに進んでいる有り様です。

 

天才の裏には無能がある

 

何故ここまで天才なのか?

やはり、全てにおいて完璧なのだろうか…。

 

と思って少し先輩に探りを入れてみると、意外な事実が…

 

上司は、家庭を顧みない超絶仕事特化型のお方でした。

土日に残っている印象はありませんでしたが、ほとんど出勤(裁量労働)。

 

しかし家庭では、車を使わないくらいの近場へ出かける際は奥さんと子供が自転車で、上司はランニングなのだそう…。

 

上司の言った一言、

「俺は家庭の中じゃ完全にクズ扱いやで」

 

という言葉が今でも忘れられません。

 

 上司の考察

 

他にも沢山のケースがあるのですが、一応ここから考察します。

 

簡単に言えば、人の評価は指標で一見することが出来る気がします。

 

技術で言えば、

  • プロジェクトマネジメントスキル
  • 設計スキル
  • データベーススキル
  • ネゴシエーション力
  • コミュニケーション力
  • 問題解決能力

 

これらが秀でていると考えます。会社からすれば本当に完璧です。

 

一方で、

  • 子育てスキル
  • 家事スキル

 

といった部分に大変劣りを自覚していらっしゃいました。

  

考察することで、ここから確実に自分には見えていない、足りない評価分を見出せると推測します。

  

人は欠点を隠して見せそうとはしない

天才に見える人がたとえあなたの周りに居たとしても、その人には何かしらの犠牲を払って振る舞い、苦労をしているんです。

天才だからって、「あの人は完璧だから何でも解決するでしょ。」「あの人に頼めばどうにかなるでしょ。」といった安易な考えは違うということですね。

 

結局のところ、上司であろうが誰であろうが、人は欠点を見せようとはしないんですよ。

仕事であれば、なおのことです。

 

平等の時間を得ていれば、平等のインプットを得ているはず

 

 

人は皆平等に時間が進み、年を取っていきます。

つまり、平等な時間が進むことから平等に知識量を得られているはずです。

それは勉強ではなくとも、漫画や音楽、ゲームなどの趣味かもしれませんしそれは分かりません。

でも確実に、一つの仕事が出来ないから無能だ、と決めつけるのは間違いです。

 

インプットが多く、アウトプットが少ないと思われるのは、出し方の問題かもしれませんし、実は本人の出す場が無いだけの可能性もあります。

 

無能と言われるような人の場合、別の部分において最たる技術力を持っている場合もあります。

 

無能は多角的視点で利点を引き出す

上司が、仕事において完璧であり、周りから凄い、天才と認められていましたが、家庭においては奥さんに見下され、子供も上司を快く思っていません。

 

プライベートを犠牲にして仕事をしてきたからです。

 

 

つまり家庭においては、「無能」なんです。

 

 逆に、「無能」といわれているような職場の人は、家族のために早く帰っていたりします。

待っているものがある。とても良いことだと思います。

 

それは家族が居なかったとしても、自分の「趣味」を重視し、そこでのアイデンティティを見出しているとすれば、そこでは「天才」であると呼べる気がします。

 

表裏一体なんですね。無能と天才って。

 

昔、有給を取れなかったのは無能に見せない発想

 

今でこそ、有給が段々と取りやすくなり、企業によっては月に一回必ず取るための「有給スケジュール」を年に1回策定しているところも出てきました。

 

「令和」から二つ前の「昭和」では、有給を取れる会社なんて圧倒的に少なかったと思います。

 

仕事が溜まっているのに休むなという意味もあると思いますが、

それ以外にも有給を取りまくる=何かプライベート問題が起きているんじゃないか?と匂わせているようなものですから…。

 

「無能」を思わせないよう、有給を取らない風潮を作ってきたのかもしれませんね。

だから若いやつが有給ばっかり取ると、「なんだこいつ」という印象をどうしても持ってしまう。ステレオタイプというやつですね。

 

まあ昔はその分、残業は満額出て、社内でタバコとかも吸い放題だったみたいですけどね。自由度高いという観点からしたら大変魅力的です。

まとめ

んー、浅いですね。

正直、もっと深堀りした何かをお伝えしたかった気がするのですが、途中で分岐を間違えてしまったようです。笑

 

 

でも、無能な人は居ないと思いますよ。

最近だと「syamu」さんとか、「完璧」じゃないですか。ほら←

 

最後までお読みいただき、有難うございました。