私の実家は、父親の家系が所謂職人業と呼ばれるモノづくりの家として、4世代130年以上に渡って代々受け継がれてきました。
明治時代、初代の曾曾おじいさんは、職人業一筋ではやっていけなかったためあらゆる商売を加えた商人だったそうですが、2代目から専門分野に特化。3~4代目と後を順々に継いできました。
そして私がいよいよ5代目となる世代でしたが、父親は言うのです。
「誰も継がせない。店は今世代で廃業する」と。
誰も継がせない。店は今世代で廃業する
その理由は、今の売上が全盛期と比べて圧倒的に少なく、もはや家族を養うことが出来ないレベルまで落ち込んでしまったためでした。
売上が落ちてしまった原因は景気が悪くなったのが一番と父は言いますが、他にも私は二つあると考えています。
1.インターネットの普及による薄利多売の登場
1つ目はインターネットの普及によって薄利多売の商材が登場し始めたためです。
職人は一つ一つの商材を丁寧に手作業で作り上げてやっと一つの芸術品が完成します。
商材は実用的な物も含むため需要もそれなりにあったのですが、安くても構わないからと機械で大量生産された安価なものをネットで購入していく人々が後を絶たなくなり、やむなく売り上げはほとんどなくなりました。
インターネットの普及はもちろんメリットもあります。
地域に居ない人々にも商品の魅力を伝え、販売することが出来ます。
地元は少子高齢化が顕著に進むど田舎であり、みるみる人口が減っている中で、店舗型の家に足を運んで下さるお客さんなど、ほとんど居なかったのです。
しかし、4代目となる父親はこのネットのメリットを全くもって理解していませんでした。
それが、二つ目の衰退理由です。
2.父親の職人作業以外のモチベーションの低下
二つ目は、父親が職人技術以外に何一つ興味を持てなかったことです。
インターネットが普及したことで、地域に居ない人々へも商品を売ることが出来るようになりました。
これは芸術作品等を作り上げる職人業の人々にとってとても大事な事で、伝わる人(分母)が多ければ多いほど購入してくださるユーザーやリピーターさんが増える絶好の機会です。
有名になればメディアにだって取り上げられるでしょう。
更に私の家は人口5万人も居ないド田舎の一角にあるため、訪れるお客さんも年々減っていくばかりでした。
インターネットで集客をし、HPないし商品ページだけでも作って作品を売る。使わない手はないはず。
楽天の営業さんへ、家の事業を楽天市場に載せてほしいと紹介をしたこともあります。
しかし、父親は「勝手なことをするな」と頑なにこれを断りました。
注文が増えたとしても一人で切り盛りする店では対応しきれない、体力に限界があるから不可能だと聞く耳を持ってもらえませんでした。
父親はそう言いながら今でも一人で客の来ない店番をしては、やることが無いからとyoutubeで時代劇やソリティアゲームなどで暇を潰しています。
働かない父親に嫌気が差して、言い過ぎて父親を傷つけてしまったこともあります。
お店で、猫背になってパソコンを永遠と眺める父の姿がとても悲しい。
小さい頃、大きな背中で仕事に向き合う父親がとても誇らしかった。
廃業の原因は私
廃業、これは私にも原因があると思っています。
私は話やアドバイスをし続けるだけで実践して家業を試したことは無く、ほとんど聞いた情報やネットの内容をもとにして助言だけをしていました。
継ぎたい、一緒に手伝うと言った言葉も形だけ。本当に困るのは父親であると本人は分かっていたのでしょう。
もっと具体的に自分が動いて無理にでも継げば良かった……..
もっと父親と気まずいことから目を背けずに話せばよかった………
父親と揉めてあれから早6年。
現在、家の売り上げはほとんどなくなり、50を超えた家業手伝いだった母親がパートに出ているお蔭で家計を支えています。
父親ももうすぐ60を迎える頃です。
本当に、これで良かったのでしょうか?
消えていくアイデンティティ
私は結局都会に上京して家とは無関係な仕事に就職。
職業柄、テレワークでも無い限り地元には帰れず、実家を手放すことを決め、帰郷諦め現在に至ってしまいましたが、ふと家を思い出すととにかく悲しくて、涙が出てしまうのです。
130年以上支えてきた代々続くオンボロのお店ももうすぐ無くなります。
土地を借りてお店兼自宅として経営していたため、私の思い出が詰まったあの家も、誰も継ぐことなく潰れます。
涼しいところで勉強したいと夏休みにお店で宿題をしていた思い出。
目が覚めて親が出掛けていると気付き一人で泣いていた夕暮れ時、おばあちゃんが声をかけてくれて一緒にお話してくれた思い出。
おもちゃで遊んでいて、古い二段ベッドから落ちた思い出。
階段から落ちて曾おじいちゃんの作品を壊してしまった思い出。
雨漏りで天井の下にバケツを置いて夜を凌いだ思い出。
オンボロでも、心から笑えていた私の大切な思い出全てがそこに詰まっていました。
代々続くお店のアイデンティティが無くなったら、私は何のためにこの家族の下に生まれ、何のために生きていけば良いのでしょうか。
私は、自分を見失うことが悲しいのです。
私の家柄は祖父・祖母共に60代で亡くなる短命の血筋でした。
遺伝的に、父親も長く生きていられるのか分かりません。
私が今まで非行少年のように強く当たってしまった父親も、いざ居なくなってしまったらと思うと跡継ぎどころではありません。
初老となりどんどん老いていく父親の姿に、私はもう何一つ文句を言うことは出来ません。