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エセ関西弁言う奴はウザい?関西弁は消えるで【ネオ関西弁・ネオ標準語】

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エセ関西弁はうざい?ネオ関西弁に変わる

大阪弁は上手になれへんし、ハーマイお兄です。

 

私が大阪に住み始め、はや数年。

 

現住所は大阪市中央区というど真ん中。

ちなみに住民票も大阪です。

色んな関西人との交流を重ね、私ももうだいぶ関西弁が移ってきましたが、一つ気になることが。。。

 

 

 

 

エセ関西弁とのディスリ

私の場合の関西弁が移ったのは、こっちに転勤してきて勝手に似てきたというより、皆に合わせなきゃいけない!というある種人間の本能だったのかなと後になって思います。

 

 気付いたら、ホンマ?とか、せやなあ、とか。意識をせずともポロポロ出てくる始末。

 

そんな中、関西人の方の中でこう仰る方がいます。

 

「うわ、エセ関西弁やん~ww」

 

私の周りは笑って言ってくる方がほとんどだったのですが、

関東人である友人の話では、

 

「エセ関西弁使われるとナメられてるみたいでホンマに腹立つ」  

 

と嫌悪感MAXに罵ってきた関西人女性もいらっしゃったとか。。

 

私の場合、確かに今まで関西に来ることなんて修学旅行の1回京都に来たこと以外無かったですし、お笑い番組を見るとき以外に関西弁と触れ合うことなんてありませんでした。

でも大阪にもう数年住んで、数年間府民税支払っててきて「エセ関西弁」と言われております。

 

じゃあ人はいつから関西弁になるのでしょうか?

 僕はどうして関西弁になれないんだろう?

 

僕はどうして大人になれないんだろう。

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 トイストーリー3   私が予告だけで泣ける唯一の映画。←

 

 

私はその境界線がずっと気になってたわけですよ。

 

ある人は「幼い頃から関西弁喋ってたら関西弁ちゃう?」

って言ってましたけど、   それもそれで一つの答え。 個人的には、

「住民票も移してもう何年も大阪に税金納めてるんやし、許してや城之内」 って感じ。

そして逆に私から聞きたいことがあります。    

 

エセ標準語はないの?

東京に来る大阪の方々は、標準語を喋るようになってきました。

今や芸人さんは標準語と関西弁を綺麗に両方使い分けていらっしゃいます。

 

関東の方は関西弁に馴染むととやかく言われます。

しかし、関西の方は標準語に馴染んでもあまりそこをとやかく言う関東の人は少ない気がします。というかいません。  

 

エセ標準語は有るようでなく、むしろエセ関西弁という方が自然に使用されています。

 

 昭和の生粋関西人の方ならご存知かもしれませんが、以前は標準語も「関東語」といって使われている方言の一つと区別されていたと存じます。

 

それが今やビジネスマナー等で当たり前の言葉「標準語」として切り替わったからこそ、エセ標準語という言葉そのものが日本語を否定していることに繋がっているわけですね。

 

残念ながら、エセ標準語というものは我々日本人にとって存在しないことになりそうですね。侮蔑用語でなら使えるかも。

 

まあ、要は私が関西人に対して「エセ標準語や~」とは言えないわけです。

関西弁は進化していく

小見出しを自分で作ってフフッとなりましたが、 過去と比較してみると、確実に関西弁は変化しています。

そして、「ネオ関西弁」という新たな方言が誕生していると思っています。 

 

今や、堺市や岸和田市などの南に住む方のゴッテゴテの関西弁と、 高槻市や茨木市などの北に住む方の関西弁とでは、まるで話し方が違うように感じます。いや絶対異なってます。

 

聞いた話、大阪府の北部に住む方は割と兵庫神戸や京都などの行き気が容易なので、転勤族や地方から来た方が住みやすいのだそうです。

 

そこに移り住んだ全国各地の人が関西弁を学び、そして子供や相方がいつの間にか影響を受け、知らぬ間に伝播していったものが「ネオ関西弁」として生まれているんじゃないかと推測しています。

 

多分日本のどこかで既に討論されているかもしれませんが、  

私の予想としては、既に関西弁が標準語と融合した「ネオ関西弁」として、 もしくは「ネオ標準語」として、日本語が出来上がり始めており、それらは今後日本に未来永劫残り続けるのではないかと考えています。

 

「ネオ関西弁」の特徴は、新たな方言に影響して取り入れ、混合して使用していることです。 

つまり、変化に富んでおり、ステレオタイプから逸しています。

この臨機応変さが存続できる鍵だと考えています。

 

逆に言えば、堺や岸和田の方のゴテゴテな関西弁はいずれ廃れて無くなると推測しています。

ネオ関西弁はうまく伝播させることが出来ますが、ゴテゴテな関西弁は、その独特な話し方の難易度からそう簡単に使用出来ない方言であるのは間違いないです。

 

またビジネスマナーといったモラルが確立され始めたことから、ゴテゴテな方言を時代の風紀に見合っていないと見なす人達も少なくありません。何さらしてけつかんどんねん、とかね

そのため、使うことを知らず知らずのうちに制限されることになるのです。

 

そう考えたら、ゴテゴテな関西弁は静かに減っていき、「ネオ関西弁」だけが蔓延る事になると思わへん?

 

まとめ

関西弁一つにここまで議論してきました。

今使われている方言などの今後の進化を考えてみると面白いですね。

 

ちなみに私の地元では房州弁というのがあったみたいですが、 もう、無くなってしまうかもしれません。。。おっぺす(押す)とか使ってました。

 

この近い将来、ネオ東京では、もしかしたらネオ関西弁=ネオ標準語が当たり前のように使われているのかもしれません。

時代の流れに合わせて作られていく方言ですから、消えることは無いと思います。

 

ちなみに、もし人文学部などの方が見ているのであれば、このお題は余裕で卒業論文になると思います。その時はこのテーマを卒論にしても良いですよ。(ちゃんと参考文献に載せてねはあと)

 

※この記事は3年程前に過去のブログで作成した記事です。

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。